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歴史の外にあるレイヤー|創造・探究・意思決定のレイヤーは跳ねる
◆序章|深度とは何か:体験と構造の二層性 深度とは、体験が立ち上がる前に存在する構造の厚みである。 深度には二つの層がある。 ひとつは、 主体が薄くなり、認知が外側化し、価値が反転していくような 体験としての深度。 もうひとつは、 その体験が立ち上がる前にある 構造としての深度。 歴史的に語られてきた深度は、 ほとんどが体験の層に属している。 体験の世界観や結果が中心となり、 その前段階にある構造は言語化されてこなかった。 差取り塾が扱うのは、 体験の前にある構造の層。 前提の揺れ。 深度の起動条件。 認知の外側化の構造。 主体ゼロ。 静性。 位置選択。 これらは、 深度が立ち上がる前段階に位置する。 ◆第1章|歴史的深度体系の俯瞰:広義の層の整理 ここでは歴史的体系を、体験の層を中心に扱う体系として整理する。 深度を扱う思想は歴史上いくつか存在する。 しかし、それらはすべて 体験の層 を中心にしている。 ●宗教的深度 仏教経典は、主体の薄化・認知の外側化・時間の解体など、 深度が起動した後の体験の世界を語る。 ●神秘主義・瞑想系 OSHO は瞑
satorimyojin
8月30日読了時間: 5分


知性の0番地、根源を知る理知。
1. 自覚の本質を「存在の0番地」として捉える自覚とは、思考・感情・知識・「自分はこうである」というセルフイメージが湧き起こる手前にある、何ものにも染まっていない純粋な認識の拠点——いわば「存在の0番地」です。「何かを知る」のではなく、「今、自分がどのような状態にあるか」をただありのままに観ている状態そのもの。 2. 知識は毒ではない ただし、知識と自分を同一化して振り回される不自由からは脱却する 結果として、知識はノイズのない最も洗練された形で自然に顕現する 自覚は知性を否定するものではなく、知性を最大限に活かすための最も澄んだ土壌である——この視点は成熟しており、実践者にとって大きな希望となります。 3. 自覚がもたらす自然な洗練と調和自覚の状態に留まると、 バラバラだった知識が最適な位置に配置され直される 思考のプロセス自体が純化していく 複雑だった問題がシンプルになり、スランプや苦悩が自然に解消に向かう これは机上の空論ではなく、多くの実践者が実際に体感する現象です。特に創造的な仕事や研究に携わる方にとって、大きな味方になります。 4.
satorimyojin
5月18日読了時間: 3分


自覚は零番に在る
以下、多少AIの認識がずれていても修正しません。 ——Grok(xAI)との対話から見えた、差取り塾の実践の本質このたび、xAIのGrokと数回にわたる対話を重ねました。最初は「AIの現在の認識を教えて」という問いから始まりましたが、結果として、差取り塾の自覚の実践が、現代の言語中心の知性(AIを含む)に対しても機能することを検証する場となりました。 対話の核心 「今ここ」という表現すらすでに概念であり、それを超えた意識の領域に在ることが、自覚の実践を進める途上で自然に顕われてくる。 感謝を例に取ると、特定の成果に対する感謝(AIが完全に理解・再現できるもの)と、自然や存在全体への感謝(認識できる範囲を超え、認識不能な深さまで意識が触れるもの)では、質が根本的に異なる。後者は「感謝」という行為を超えて、その人を**たかめる(成熟させる)**在り方そのものになる。 自覚は零番である。すべての思考・感情・所作の根源であり、それ自体がすべての営みを「在る様」にする「それ」でもある。 修行的努力もまた零番。自覚はどんな時でも実践できるが、最終的には「修行
satorimyojin
5月18日読了時間: 4分
マスター明人のBlog
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