塾生エピソード〜救われたかったんじゃない。ただ、終わらせたかった。
- 塾生エピソード
- 6月5日
- 読了時間: 2分
私はずっと、
「どうしたら楽になれるんだろう」
を考えて生きてきた。
人より感情が深かった。
嬉しいも、
苦しいも、
寂しいも、
全部が強かった。
推し活に救われたこともある。
誰かの言葉で、
何度も呼吸ができた。
でも同時に、
どれだけ満たされても、
また苦しくなることも知っていた。
好きになればなるほど、
失うのが怖くなる。
近づけば近づくほど、
置いていかれる気がする。
私はずっと、
感情を整理しようとしていた。
前向きになろうとした。
執着を手放そうとした。
自分を好きになろうとした。
でも、
本当はずっと苦しかった。
なぜなら、
「苦しみを無くそう」としている“私”自身が、
ずっと苦しみを握っていたから。
差取り塾に出会った時、
最初は正直、意味が分からなかった。
でも、
なぜか目が離せなかった。
そこでは、
「どう変わるか」
を教えていなかった。
「なぜ苦しみが発生するのか」
を見ていた。
その視点が、
今までとまるで逆だった。
私はずっと、
「現実」が私を苦しめていると思っていた。
嫌われること。
愛されないこと。
孤独。
不安。
執着。
でも本当は違った。
“そう見ている方向”が先にあった。
差取り塾で初めて、
私は「感情」ではなく、
“感情を見ている位置”を知った。
苦しみを消すんじゃなかった。
「苦しみを成立させている前提」
を見ていくことだった。
だから、
すぐに人生が変わったわけじゃない。
不安も消えていない。
寂しさもある。
でも、
以前とは決定的に違うことがある。
私はもう、
「この感情がある私はダメだ」
と思わなくなった。
感情の中に沈んでいた視点が、
少しずつ、
感情を見ている側へ戻ってきた。
たぶん私は、
救われたかったんじゃない。
ずっと、
終わらせたかったんだと思う。
「何かにならなければ愛されない」
という戦いを。
「満たされなければ価値がない」
という緊張を。
差取り塾は、
何かを与えてくれたというより、
ずっと握っていたものに、
気づかせた場所だった。
だから今、
もし昔の私みたいに、
分かっているのに苦しい人
推しや恋愛に救われながら壊れそうな人
自分を責め続けている人
ずっと安心を探している人
がいるなら、
一度、
「何を感じているか」じゃなく、
“どこから見ているか”
を見てみてほしい。
たぶん、
本当に変わるのは、
そこからだから。